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名古屋地方裁判所 昭和45年(行ウ)37号 判決

原告 高橋猪一郎

被告 春日井市農業委員会

訴訟代理人 浪川道男 外三名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告らは被告が昭和四四年五月二四日行なつた堀田冨み子と堀田一夫との間の農地法第三条の規定による別紙目録記載農地賃借権設定許可処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、請求の原因として(一)およそ都道府県知事又は市町村農業委員会に対して農地法第三条の規定による許可の申請がなされた場合にはその申請が適法妥当であるか否かについて実体的審査をしなければならないことはいうまでもあるまい。同法第八一条がこの法律による買収、買取、使用、消滅請求又は売渡に関し無償で必要な簿書を閲覧し、又はその謄本の交付を受けることができるとし、農業委員会等に関する法律第二九条にも必要な報告を求め、調査を行なう等の権限を農業委員会に与え、同法第三〇条が同委員会は公簿等の閲覧謄写を無償で求めることができることとしているのは当該処分庁が実体審査を行なうことに備えたものに外ならないであろう。(二)右実体審査の範囲は申請せられた農地につき売買予約仮登記の存する場合当然その予約の存否真偽にも及ぶべきものと考える。蓋し農地法は農地の所有権移転、賃借権等使用収益を目的とする権利の設定について当該官庁の許可を効力発生の要件としているけれども本来は当事者の意思表示のみによつてその効力を生ずるのであるから、農地所有者が自らの意思によつて所有権移転を予約し、そのことが登記によつて公示されている場合には農地所有者はこれに拘束されて予約権利者以外の第三者に所有権を移転し又は賃借権等使用収益を目的とする権利を設定することを得ないものとみるのが至当であろう。であれば申請の許可にあたつて第三者に許可を与えることが予約権利者の利益を害さないかどうかを確かめなければならないものと考える。(三)このことは坊間において農地につき売買の合意が成立しても農地法所定の許可がなくては効力を生じないことから、取りあえず許可を停止条件とする売買予約の仮登記を経了する方法が講じられ、これによつて権利を確保しうるものと信じ、広く行なわれてほとんど固定している状態である。それ故処分庁としては実体審査を行なうことを怠らず、仮登記のある場合の許可を慎重にして一般の信頼に応えるべきであろう。この点登記由請の場合には登記官に実体審査権がないことから正規の申請があれば売買予約仮登記の存する場合にもこれに応じなければならないのと著しく異なる。(四)或は売買予約仮登記がある場合にも私法上の法律行為の許可とは別で、私法上の法律行為に不当があつたとしてもその許可処分が違法のものということにはならないというかも知れない。しかし私法上不当な行為に許可を与えてみすみす後日紛争の生ずることが必至であるのを未然に防ぐため仮登記の真相をつまびらかにして適宜な措置を行なうのが望ましいのではあるまいか。徒らに法理論に捉われることは避けるべきだと考える。(五)堀田光夫は昭和三六年二月六日その所有する別紙目録記載の農地を原告らに対し代金金一六八万六、〇〇〇円とし「前記の代金全部確かに受取り、私の所有の土地を貴殿方へ売渡しました今後売渡しの土地に対しては些も異議等申しません尚此の土地に対し永代年期又は無期の賃借其他収益を害する物権の設定契約は全然ありません随て他より故障申出る者もありせんが万一彼是申出る者がありました節は私に於て一切引請け決して貴殿方に迷惑はかけません此の証書を御渡しいたしまして売渡の証といたします」と約定し、双方の申請に基づいて昭和三六年二月九日売渡予約仮登記を経了したのであつた。原告らは農業従事者ではなく、共に株式会社高橋冷凍ケース製作所の役員であり、且つ親戚の間柄であつて本件農地を共同購入の上工場、寮、厚生施設を建設して右会社に使用させることを企図したのである。右農地を農耕の目的に供せんとするものでないことは堀田光夫はもとよりその妻であり、相続人となつた堀田冨み子においても得心であつたのである。(六)ところで原告らは右農地を工場用地とするには地均しのため土止めを施す必要があるので売買契約成立するや先づ右工事を実施し、売買契約の際の特約によつて一年間堀田光夫が耕作を続けることを容認し、工場建設に必要な資金調達の目途もついたので堀田光夫に対し農地法第五条の規定による許可申請をなすべく交渉したのであるが意外にも同人はこれに応ぜず、かれこれするうち昭和三九年三月一九日同人が死亡したので引続き相続人堀田冨み子に対し手続方督促しているうち却つて同人から昭和四二年七月耕作権存在確認及び耕地買戻しの調停申立があり(その耕作権というのは自家の耕作を主張したもので堀田一夫の耕作をいつたのではない)益々農地法第五条の許可申請が遷延するので原告らはやむなく昭和四三年五月堀田冨み子を相手取り訴訟を提起して契約の履行を求めたのであつた。該訴訟は第一審において昭和四四年四月二一日原告らの勝訴となり、控訴せられ(名高裁昭和四四年(ネ)第三一八号)第二審係属中の昭和四四年七月二八日控訴代理人から本件農地につき堀田光夫の実兄堀田一夫との間における賃貸借契約が春日井市農業委員会によつて昭和四四年五月二四日付許可せられている旨の陳述があり、原告らはそのときはじめて本訴取消請求にかかる処分の存在を知つたのであつた。(七)よつて原告らは昭和四四年八月六日春日井市農業委員会に対し陳情書をもつて異議を申立て、再調査の上本訴請求の許可処分を取消すよう求めたが同委員会はこれを却下したので原告らは同年八月二一日愛知県知事に対し右許可処分は違法不当のものであるとして行政不服審査請求をなした。春日井市農業委員会はこれに対し昭和四四年一〇月二四日弁明書をもつて(1) 事実上の争点は賃借権設定にあるけれども昭和三五年ごろより兄が耕作している。始末書並びに聞取調査等の証拠によつて正当である。(2) 法律上の争点は農地法第三条の許可処分にあるけれども農地法第三条の規定にもとづく賃借権設定の許可は正当と解釈すべきである。としている。右にいわゆる事実上の争点について聞取調査等の証拠とはいかなるものであるのか弁明書には全く明らかにせられていない。いうところの始末書とは「賃借人堀田一夫は賃貸人堀田冨み子の夫堀田光夫が生存中昭和三五年三月発病し耕作手間不足のため賃借し以後引きつづき現在まで耕作して参りましたが当時両者共農地法をよく存じて居らなかつた関係上農地法の手続が未了でありましたことは誠に申訳ありません今後はこの様な事は決して行ないませんので今回に限り何卒御許可賜ります様両者連名の上始末書提出いたします。」というのであつて春日井市農業委員会がこれをもつて昭和三五年頃から賃借権が設定されていたことを認めるなら農地法所定の許可を受けていない行為に効力を認める過ちをおかすことになる。単に事実上の賃貸借があつたとするのならいかなる条件のものであつたか、賃料の支払いが行なわれていたかどうかを明らかにすべきである。近隣の人々にたしかめても堀田一夫の賃借の事実は存在していないし、兄弟の間柄で弟が病弱であつたのなら耕作を手伝う程度のことはあり得ても兄が弟の農地を賃借するというようなことは常識では考えられない。右の弁明第一点は全く当らない。いわゆる法律上の争点として農地法第三条の規定にもとづく賃借権設定の許可は正当と解釈すべきだというのでは問題に答えるに問題をもつてするもので弁明第二点も無意味である。

そもそも農地法第三条の許可を与えるのに必要な積極的要件として権利を設定せんとする者がその農地の上に所有権を有すること、その所有権は何ら負担のない完全なものであることを挙げることができると考えられるのに堀田光夫は前記のように本件農地には何らの負担もついていない、万一他から故障が出た場合には一切を引請けて迷惑をかけないとしているのであつてそのことは将来に亘つて第三者に本件農地を賃貸するようなことをしない約定を含んでいるものとみるべきである。本件農地にはそうした負担がついているのであるから本件許可処分は必要な前提要件に欠けるところがあり、違法というべきである。よしんば違法ではないとしても少なくも登記簿、登記申請書等を照合すれば堀田光夫の合意によつて仮登記の行なわれている事実を知ることができた筈であり、そのような事情があるのに賃貸借契約を結ぶことは原告らに対する明白な背信行為であり、不法の行為であるにもかかわらず、その行為に許可を与えてこれを助けることのごときはけつして適当なる処分といえないと信ずる。(八)本件許可処分につき愛知県知事に対してなした行政不服審査請求は昭和四五年五月二八日付をもつて棄却の裁決が下され、その謄本がその頃原告らに送達された。原告らとしては該裁決には承服できないのでここに春日井市農業委員会が行なつた右許可処分の取消を求める。なお売買予約仮登記の存在がなされているのに第三者への賃貸借許可申請があつた場合仮登記の存在を無視すべきか、或いは無視することが許されるかどうかの問題は、仮登記をもつて一つの権利確保の手段とせられている実際の慣行に影響するところが少なくないので特に本件を通じてこの問題に対する裁判所の判断を仰ぐ。と述べ被告は本案に先立ち本件訴の却下を求め、訴の利益を欠くとするが、堀田冨み子は名古屋高等裁判所昭和四四年七月五日付準備書面をもつて係争土地には堀田一夫が農地法第三条に基づき賃借権設定の許可申請をなし、その許可を受けているので仮令該農地に売買契約ありとするも同法第三条第二項第一号に基づき所有権移転の許可を受くること能わざる旨の主張をなしている。これは原告らが堀田冨み子に対し農地法第五条による許可申請をなすべきことを求めている訴訟そのものに対し許さるべきでないことを主張せんとするものに外ならないと考える。であれば本件許可処分が問題にせられるのであるからその取消を求めることに意義があるといわねばならない。もし右訴訟が原告らの勝訴となつて農地法第五条の許可申請をした場合その許可が与えられればこれに対して堀田冨み子と堀田一夫から異議のでることは必至であり、不許可となれば勿論原告らにおいて該処分の効力を争うことになるがその結果を待たなければならないのであつて甚だ迂遠である。この際春日井市農業委員会が不用意に本件許可処分を行なつたことに対しその取消を求めることは決して利益のないことではないと信じる。速やかに本案に入つて明快な判断を示されすことを求める。尚農地の所有権移転を行なわんとする場合当事者合意の上取敢えず仮登記を経了して権利の確保を図らんとするのは今日一般に行なわれているところである。けだし義務の完全な履行を害そうとする当事者の背信行為を助ける結果となるような処分は決して当局が行なわないとの信頼があり、通常その期待は裏切られていないからのことと考える。このような現在における社会事象はこれを無視せらるべきではあるまい。また行政不服審査は当該処分が違法である場合は勿論、処分が不適当な場合にもその取消を求めることの許されることも合せ考えるべきだと思う。元来行政の適正な運営を期するには処分が違法でなければこと足りるとすべきでないのはいうまでもあるまい。被告は農地法第三条の許可申請に対して処分庁には実体審査の権利がない旨主張するも該申請があつた場合農地法第三条第一項但書除外規定に該当しないかどうか、同法第一条の目的に適しているかどうかは審査(実体審査という言葉が誤解を抱かせるなら事情調査)なくしては考えられないことではあるまいか。仮に権利ではないにしても行政庁としては処理上これを行なうことが許され、又行なわねばならないことでもあろう。もとより行政庁が申請者の信義誠実の原則に反する行為(場合によつては刑事上の問題ともなりうる行為)に対し進んでこれに加担するようなことはありえないとしても結果としてそれを助けることになりかねない処分は極力これを避け紛争を未然に防ぐよう努めるのは当然のことと考える。本件において処分庁は通常の調査を行なつていない。殊に公に許されている登記簿の閲覧ないし謄本の下附さえも求めていない。もしわずかに登記簿の照合を怠らなかつたならば当該土地について仮登記のあることを知りえたであろうし自らその仮登記権利者に照会することにもなつたであろう。それによつて紛争を未然に防ぐため申請者の注意を喚起することを得、また仮登記権利者の側においても何らかの対策講ずる機会を得た筈である。然るに被告はただ単に始末書の記載に基づいて堀田一夫が従前から当該農地を使用していたものと速断し、そのことかから将来も同人がこれを使用することを適当とするとの結論に達したもののようで、その外には被告が右許可申請に関連して具体的にどのような調査を行なつて仮登記の存在、売買代金受領の事実所有者の誓約を無視しても許可を与えるのを至当とするような事情があつたか、取寄を求めた一切の書類についてみても検出することができない。かようにずさんな調査をもつて著しく信義誠実の原則に反する申請を許可し、申請者の違法を助ける結果となるような本件行政処分は決して合法のものとは考えられない。少なくとも適当な処分とはいえないと信じる。或いは行政処分の取消を求める行政訴訟において処分の適当性を対象とすることができるかどうか問題はあろうが行政不服審査の延長として行なわれている本件訴訟の場合そのことは許されて然るべきものと考える。原告らとしてはさきになした陳情ないし不服審査請求の段階において事実の関係を審らかにし、当該官庁の再考を期待したのであるがいずれも本件処分が適正なものである所以を積極的に解明して原告らをして納得せしめんとはせず、いたずらに冷やかな形式的論理をあやつり乍ら本件処分は違法でないと権力的に押切ろうと終始したことはまことに行政庁の態度としては遺憾なことである。と述べた。

被告は本案前の答弁として、本件訴を却下する。訴訟費用は原告らの負担とする。との判決を求め、理由として、本件訴は訴の利益を欠くから却下を免れない。原告らの主張する本件許可処分の違法事由は仮登記のある農地については賃借権設定許可処分をなすべきでないのに被告が実体審査をせず、これを許可したという点にあるように思われるが、その当否はともかく、かりに右許可処分が取消されたとしてもそれによつて原告らに何らの法律的利益をもたらさない。蓋し原告らの農地法第五条による所有権移転の許可の申請に対しこれが与えられた場合において堀田一夫の賃借権が原告らに対抗しえないからである。これを要するに原告らの農地法第五条の許可申請に対し不許可処分がなされた場合に当該処分の効力を争えば足り、本件許可処分の取消を求める訴の利益はない。と述べ、本案につき原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。との判決を求め、答弁として、請求の原因たる事実(一)ないし(四)の各点を争い、(五)のうち別紙目録記載の各土地につき昭和三六年二月九日付をもつて原告らを権利者とする売買予約の仮登記のなされている点を認め、その余の点(六)の各点は不知と述べ、(七)のうち原告らが昭和四年八月六日被告に対し陳情書を提出した点、被告がこれを却下した点、同年八月二一日愛知県知事に対し当該許可処分に対する行政不服審査請求を行なつた点、被告が原告らの右審査請求に対し昭和四四年一〇月二四日付弁明書をもつて原告ら主張のような弁明をなした点同(1) のうち始末書が原告ら主張のような文言であつた点を各認め、その余の点と同(2) の点を争い、(八)のうち右行政不服審査請求は昭和四五年五月二八日付をもつて棄却せられた点を認め、その謄本がその頃原告らに送達された点とその余の点を争い、被告の主張として(一)被告に実体審査権はない。農地法第三条に定める農地の権利移動に関する都道府県知事又は市町村農業委員会等の許可処分は自由裁量処分ではなく、同条第二項各号に該当せず、同法第一条の目的に反しない限り許可を拒みえないという性質のものであつて(高知地裁昭和三三年九月三日判決下級民集第九巻第九号一七三九頁・鳥取地裁昭和三七年一二月一四日判決行裁集第一三巻第一二号二一六一頁参照)これが県知事等の許可は講学上のいわゆる補充行為の性質を有するものであるから申請当事者の法律行為が成立しない場合には右許可があつても法律行為の効力は生じないのである(最高裁昭和三八年一一月一二日判決民集第一七巻第一一号一五四五頁参照)。このことは被告に同条による申請につき実体的審査権のないことを意味する。即ち県知事等の許否の処分に対する権限は農地法第一条に明らかなように自作農の創設維持という行為目的を達成するために与えられたものであつて農地の権利関係を確定することを目的とするものではないから、行政機関たる知事等においてみだりに実体上の所有関係等をせんさくして同法第三条の許可を拒む権限はないと解すべきである(山口地裁昭和四三年二月一九日判決行裁例集第一九巻一・二号併合二六七頁類参照)。そうであればこそ同法第三条による許可申請書にたとえ真実に反する記載があつても右申請に基づく知事等の許可処分の効力に消長をきたさないのである(最高裁昭和三八年九月三日判決民集第一七巻第八号八八五頁参照)。(二)仮登記権利者は所有者ではないから所有権の登記名義人の権利行使を制限できない。原告らは申請せられた農地につき売買予約仮登記の存する場合当然その予約の存否真偽にも及ぶべきものとし、農地所有者が自らの意思によつて所有権移転を予約し、そのことが登記によつて公示されている場合には農地所有者はこれに拘束されて予約権利者以外の第三者に所有権等の権利の移転、設定をすることを得ないと主張するも、しかし、これは原告らの独自の見解であつて失当である。まず農地法第三条による申請がなされた農地につき仮登記が存していても前述のように実体審査権のない被告が右仮登記の存否真偽に及ぶべくもないことは明らかである。つぎに原告らは未だ農地法第五条の申請をなしていないのであり、たとえ将来原告らが右許可の申請をなしたとしても許可されるか否かは申請の段階においては未確定の状態にあるから本件各農地に対する原告らの権利は未だ期待権の範囲を出でずして未発生のものに過ぎない(名高裁昭和三〇年七月一九日判決下級民集第六巻第七号一五二九頁参照)。してみれば原告らは仮登記権利者ではあつても右農地の所有者ではないから所有者がその権限に基づいてなした行為を制限することのできないのは明白である。(三)本件許可処分には何ら瑕疵はない。(1) 原告らは被告が昭和三五年頃から本件農地につき賃借権が設定されていたことを認めるなら農地法所定の許可を受けていない行為に効力を認める過ちを犯すとこになると主張するもその根拠として指摘する被告の弁明書第一点は本件許可処分の前提をなす申請書類には右弁明書の如き記載があるということを単に事情として述べたのに過ぎなく、始末書並びに聞取調査等の過去の資料によつて本件許可処分をしたものではない。けだし農地法第三条による許可の要件には右許可の申請の申請時またはそれ以前に賃借人が耕作していることを必要とするものではない。即ち農地法第三条に基づく県知事等許可は当該農地の耕作者の地位の安全ないし農業生産力の増進の有無等もつぱら農業政策上の行政的見地から行なわれるものであるから許可申請当事者の予定した私法上の法律行為が不成立もしくは無効であるとしてもそのために右許可処分に瑕疵を生ずることはない(青森地裁昭和三三年五月二九日判決行裁例集第九巻第五号九〇七頁、福島地裁昭和三六年六月五日判決行裁例集第一二巻、第六号一一六〇頁各参照)。したがつて原告らの主張するように仮に堀田一夫に、従前、賃借の事情が存在していなかつたとしても本件処分には何ら影響はない。(2) また原告らは農地法第三条の許可を与えるのに必要な要件として、権利を設定せんとする者がその農地の上に所有権を有すること、その所有権は何ら負担のない完全なものであることの二つを要すると主張されるが、しかし、原告らは許可要件なるものを自ら定立し、これに基づいて被告のなした処分が違法であると主張するのであるからこれは前提において誤りである。即ち同条の許可の要件としては賃貸人と賃借人との許可申請を前提とし、農地法第三条第二項各号に該当せず、当該賃貸借が同法第一条の目的に反しないかを審査すればよいのである。而して本件申請は農地法上の適格性を具備するものであり、しかも前述のように原告らが本件農地の所有者でもなく、本件許可処分にかかる賃貸借契約の当事者でもない以上右農地の所有者が第三者との間において仮登記のある農地につき賃貸借契約を締結することは少しも差支えないのであつて、被告がこれを制限できる筋合のものではない以上本件許可処分はこれにつき必要な要件に欠けるところはないから違法ではない。また原告らと堀田光夫との合意により本件各農地につき売買予約の仮登記がなされているのに堀田光夫が右農地を堀田一夫に賃貸したことをもつて原告らに対する背信行為であり不法の行為であると非難するが、それは原告らと右堀田光夫との当事者間の問題であつて、実体的審査権のない被告の関知しないところであり、まして被告の本件処分が右の行為を助けるとの主張は誤解も甚だしい。(四)要するに原告らの主張はその前提において誤りがあり、本件処分には何ら違法もないから、原告らの請求は棄却すべきである。と述べた。

〈証拠省略〉

理由

まず本案前の抗弁について按ずると原告らが別紙目録記載の農地につき昭和三六年二月九日売買予約の仮登記を経由したこと、原告らが昭和四四年八月六日被告に対し被告が昭和四四年五月二四日右農地のうち春日井市大泉寺町字大池下二九二番五五、同所同番一七六のうち四九六平方メートル、同所同番二六二、同所同番二六三の各土地につきなした堀田冨み子と堀田一夫間の賃借権設定許可処分に対する異議を申立てたが、これを却下せられたので同月二一日愛知県知事に対し行政不服審査請求をしたところ、愛知県知事は昭和四五年五月二八日これを棄却する旨の裁決をしたことはいずれも当事者間に争いがないか又は被告の争わないところである。而して〈証拠省略〉と弁論の全趣旨によると原告らは昭和三六年二月七日共同して堀田光夫からその所有する別紙目録記載の農地を原告高橋猪一郎の営む冷凍ケース製造工場の工場用敷地として使用し併せて原告らの住宅を建設する目的で農地法第五条の許可を停止条件として代金一六八万六、〇〇〇円で買い受けたものであること、堀田光夫は昭和三九年三月一九日死亡し、妻の堀田冨み子が相続により亡夫の権利義務を承継したこと、そして堀田冨み子とその亡夫の兄弟にあたる堀田一夫は原告らが堀田冨み子として、同人は原告らに対し別紙目録記載の土地につき農地法第五条の規定による所有権移転の許可申請を愛知県知事になし、該許可のあり次第右の所有権移転登記手続をせよ。

との訴(名古屋地方裁判所昭和四三年(ワ)第一二六一号事件)の判決言渡(昭和四四年四月二一日原告勝訴判決)の直前たる昭和四四年三月一〇日被告に対し右農地の一部である春日井市大泉寺町字大池下二九二番の五五畑九九一平方メートル、同所同番の二六二畑四九平方メートル、同所同番の一七六畑八六二平方メートルのうち四九六平方メートル、同所同番の二六三畑三六平方メートルの各土地につき賃借権設定の許可申請手続をなし、同年五月二四日被告よりその許可がなされたことを認定しうる。右各認定を覆えすに足る証拠はない。前記各争のない事実と認定事実によると、原告らは別紙目録記載の土地につき農地法第五条の規定による愛知県知事の許可を条件とする売買即ち売買予約を原因とする所有権移転仮登記権利者であり、しかも原告らは前記名古屋地方裁判所昭和四三年(ワ)第一二六一号事件において昭和四四年四月二一日勝訴の判決を受け、右判決はその後昭和四五年一二月控訴審たる名古屋高等裁判所においても維持せられており、右の仮登記が本登記になつたあかつきには、仮登記に遅れてなされたる賃借権の設定に対抗しうるものであり(尚この点につき証人山田純正の証言参照)、原告らは右目録記載の土地の所有権取得につき十分の期待権を有することが認められ、しかも右は仮登記手続を了したものであり、原告らの前記訴訟の進行段階における右詐害的賃借権設定と被告のその許可処分により原告らは右の権利取得につき著しい障碍を負担せしめられることとなる。即ち原告らが農地法第五条の規定による愛知県知事の許可処分を得たる場合において右の賃借権者堀田一夫が右の賃借権をもつて右の仮登記を具有する原告らに対抗しえざるものとして原告らに対する抵抗を自発的に止めざる限り原告らは堀田一夫に対しその占有排除を訴求するの外なく、ただこれは被告の右賃借権の許可処分なく、当初より不当占有である場合も同様なれども、被告の右許可処分あるにおいては堀田一夫は賃借権者として農地法第五条の規定による許可処分の取消訴訟につき原告適格を具備し法的抵抗をなしうべく、原告らは該訴訟における堀田一夫の敗訴の確定判決を得るのみでは足らず更にその不法占有排除の訴訟に出でざるをえず、その間相当長期にわたる訴訟期限を空費し、その間における訴訟上の失費と右地上に建設すべき構築物の工費の昂騰という経済的な大きな不利益を甘受しなければならないことになる公算が極めて大であり、かかる事実関係のもとにおいては原告らが右の仮登記をもつて将来右の賃借権者に対抗しうるというが如き法律上の安堵感に満足している訳には到底いかないものという外はない。果して然らば原告らは被告の堀田冨み子、一夫の詐害行為というべき右賃借権設定の許可処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するものと認めるのを相当とし、従つて原告らは本訴につき当事者適格を具えていることになり被告の本案前の抗弁は理由がないのでこれを排斥する。

よつて本案につき審及せむに、農地法第三条に定める許可申請につき処分行政庁が実体審査権を有しないことはまさに被告所説の通りであり、前記認定の如く堀田冨み子とその亡夫の兄弟である堀田一夫間の前記賃借権設定が詐害行為的目的の下になされた疑は極めて顕著であり、請求の原因たる事実(五)に於けるが如き約定が予約当事者間に存るすにおいては右賃借権の設定は不存在ないし架空のものたる公算も決して少なしとはしないけれども処分庁はこれらの実体を審査し右申請の許否を決する権限はない。その他原告らが右許可処分の瑕疵として主張する各点はいずれも理由がなく、却つてこれらの点に対する被告の各所説は理由があり、本件賃借権設定の許可処分には何ら違法の廉を認めがたいので原告らの請求を失当として棄却し、民事訴訟法第八九条により主文のように判決する。

(裁判官 小沢三朗 日高乙彦 長島孝太郎)

別紙目録〈省略〉

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